私たちの研究グループは、健康な人と様々な病気にかかっている人、あわせて1800名以上の腸内細菌叢の解析を行いました1)。 その結果、日本人は5つのエンテロ(腸)タイプに分類され、病気との関連が明らかとなりました。 また、これらのタイプと食事との関連も明らかになりつつあります。 今後、更に生活習慣等の腸内細菌叢への影響がわかってくれば、腸内細菌叢のデータを利用しながらの病気の予防や健康維持が可能になるかもしれません。
免疫とは、生物が自分と自分以外の物質を識別して、自分以外の物質を排除する反応を言います。通常、ウイルスや病原菌などは口や鼻から侵入し、多くは胃で死滅しますが、それでも死ななかったものは小腸で取り込まれて、免疫物質によって排除されます。 腸には体内の免疫細胞の70%が集まっていて、腸独自の免疫システムを腸管免疫と呼びます。
腸で主に免疫の働きを担っているのが、小腸の「パイエル板」という組織です。ウイルスや病原菌などはパイエル板に取り込まれ、分解、断片化され、免疫細胞によって「IgA」という抗体*が産生されます。このIgAが、腸管内に入ってきたウイルスや病原菌の侵入を防ぎます。
腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸は、免疫細胞の働きを高めることが報告されているので、腸内細菌の栄養源となる発酵性食物繊維などを含む食品(第2回コラム参考)を摂取することは、免疫系にも良い働きをもたらすと考えられます。
*抗体:病原体に結合し、無力化したり、体内から除去したりするタンパク質
不安やストレスを感じた時に、お腹が痛くなったり、お腹を下したりした経験があるかもしれません。 これは、脳と腸が迷走神経でつながっていて、脳で感じたストレスが腸の働きにも影響を与えているからです。また、腸の状態が精神状態に影響を与えることも知られています。 このように、脳と腸がお互いに影響を与え合うことを脳腸相関といいます(図1)。
日本人の約10人に1人が発症していると言われている過敏性腸症候群についても、脳腸相関と関係することが明らかになってきました。
過敏性腸症候群は、腸に炎症や潰瘍などが確認されないにも関わらず、精神的なストレスなどによって、腹部の膨張感や腹痛が続き、習慣的に下痢や便秘などの便通異常を繰り返す病気です。
過敏性腸症候群の方は、脳から腸へ不安やストレスが伝わりやすく、腸が過剰に反応したり、痛みを感じやすくなったりします。また、その刺激が腸から脳へ伝わることで、更にストレスが増すといった、脳腸相関の悪循環が起きていることがわかってきました。過敏性腸症候群は、感染性の腸炎感染後に発症しやすいことや、患者の方は健康な人と異なる腸内細菌叢を持つことなどから、腸内細菌叢が関係していることも示されてきています。
腸内細菌は神経伝達物質も作っていて、代表的なものがセロトニンです。 セロトニンは、脳に喜びや快楽を感じさせるドーパミンや、恐怖や驚きを感じたときに分泌されるノルアドレナリンなど、他の神経伝達物質の量をコントロールしながら、心を落ち着かせ、精神を安定させます。 これらの働きから、「幸せホルモン」とも呼ばれます。
体内におけるセロトニンの約90%が腸、約8%が血液中、約2%が脳内に存在します。腸内細菌は、アミノ酸の一種であるトリプトファンを栄養源として、セロトニンのモトとなる物質を作ります。
腸で作られたセロトニンのモトは脳にも送られて、脳でセロトニンになります。
腸内細菌叢のバランスが良い状態の時は、十分な量のセロトニンのモトを作って脳に送ることができますが、腸内細菌叢のバランスが崩れて、十分な量のセロトニンのモトを作れなくなると、脳のセロトニンが足りなくなり、イライラや不安感の原因となります。
また、セロトニンと同じく「幸せホルモン」として知られているオキシトシンについても、腸内細菌叢との関係性が報告されています。私たちの心の健康のためにも、腸内細菌叢を良い状態に保つことが大切なのです。
参考文献