女性ホルモンと健康と食
2024.10.15
第2回 女性の心身の健康におけるエストロゲンの役割

監修:京都光華女子大学教授 森本恵子先生

女性の心身の健康におけるエストロゲンの役割

精神的ストレスによる血圧上昇を和らげるエストロゲンの作用

現代社会では精神的ストレスと無縁の生活を送ることはできません。女性においては、エストロゲンレベルの急激な低下が起こる更年期に気分が落ち込んだり、うつ病が増えたりします。更年期はホルモン環境の変化のみならず、心理社会的にも精神的ストレスの多い時期にあたります。精神的ストレスは心の健康に悪影響を及ぼすだけでなく脳心血管疾患の危険因子でもありますので1)、特に閉経後女性では注意が必要です。

筆者のグループは精神性ストレスによる血圧上昇に関する研究の一環として、閉経後の女性と若い女性を対象としてマイルドな精神的ストレスの負荷試験を行いました。若い女性には女性ホルモンの変動を考慮し、月経周期の中で月経期と排卵前期の2期に試験に参加していただきました。参加者の皆さんにカラーワードテスト(変法)(色の名前がそれとは異なる色で1秒ごとに画面に表示され、文字の色、文字の読みの順に答えてもらうテスト)を行ってイライラしていただき、その時の血圧、心拍数、血中酸化ストレスマーカーなどを測定しました。

その結果、精神的ストレスを感じる場面では、閉経後の女性は若い女性と比べて血圧が上がりやすくテスト終了後も血圧の戻りが悪いことが分かりました。その一因として酸化ストレスの関与があることを示しました2)

図1 カラーワードテスト(10分間)により精神的ストレスを感じた時の血圧と心拍数の変化
―若年女性(月経期と排卵前期)と閉経後女性との比較―

精神的ストレスを感じた時の血圧と心拍数の変化

出典:参考文献2を加工して作成

また別の研究では、閉経モデル動物が環境変化によるマイルドな精神的ストレスを感じた時の血圧上昇の程度がエストロゲンを補充すると軽くなりました3)。これはエストロゲンが血管、腎臓、脳などに直接作用することによってストレス時の過剰な血圧上昇を抑えていると考えられます4)。このエストロゲンの作用は動脈硬化を予防する上で大変役立っていると思われます。とかく世間では、「おばちゃん」と言えば無敵でストレスに強いと思われていますが、ホルモン環境の面では、若い女性の方が実はストレスに強いと言えるかもしれません。


インスリン感受性(インスリンの効き易さ)改善によるエストロゲンの糖尿病予防作用

さて、ここで閉経後のエストロゲンの減少と糖代謝の関係について取り上げたいと思います。糖代謝とは食べ物から取り入れた糖質が身体の中でエネルギ-源として利用されていく過程であり、糖代謝に重要なホルモンとして知られているのがインスリンです。ところが、閉経後はインスリン感受性が低下し、糖代謝が悪くなることが知られています。

著者や海外の研究グループによってエストロゲンが骨格筋や肝臓に作用してインスリン感受性を改善する機序が解明されてきました5),6)。これら基礎研究による見解は、エストロゲンの減少著しい更年期以降にメタボリックシンドロームや糖尿病の罹患率が増えるという女性を対象とした調査研究の結果とも一致しております。


エストロゲンの抗肥満効果

女性は閉経後に体脂肪が蓄積しやすいと言う現実があります。また、閉経前の女性でも月経前の黄体後期では、一時的に食欲が増し体重が増加するとの訴えが多いことが知られています。このように閉経や月経周期により変化する女性ホルモンは体重の変化に密接に関連します。特に、エストロゲンには食べる量の抑制、活動量の増加、代謝亢進などの作用があり、これら作用によって抗肥満効果を発揮します。筆者のグループが行った研究では、エストロゲンが高脂肪食で飼育した肥満モデル動物の摂食を抑制し、肥満を改善する仕組みを明らかにしました7)

参考文献
1.Rozanski A, Blumenthal J A, Davidson K W, Saab P G, Kubzansky L. The epidemiology, pathophysiology, and management of psychosocial risk factors in cardiac practice. J Am Coll Cardiol. 45:637–651, 2005.
2. Morimoto K, Morikawa M, Kimura H, Ishii N, Takamata A, Hara Y, Uji M, Yoshida K. Mental stress induces sustained elevation of blood pressure and lipid peroxidation in postmenopausal women. Life Sci. 82(1-2):99-107, 2008
3.Morimoto K, Kurahashi Y, Shintani-Ishida K, Kawamura N, Miyashita M, Uji M, Tan N, Yoshida K, Estrogen replacement suppresses stress-induced cardiovascular responses in ovariectomized rats. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 287:H1950–H1956, 2004.
4.Tazumi S, Omoto S, Nagatomo Y, Kawahara M, Yokota N, Kawakami M, Takamata A, Morimoto K, Estrogen replacement attenuates stress-induced pressor responses through vasorelaxation via β2-adrenoceptor in peripheral arteries of ovariectomized rats. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 314, H213-H223, 2018.
5.Kawakami M, Yokota-Nakagi N, Uji M, Yoshida K, Tazumi S, Takamata A, Uchida U, Morimoto K. Estrogen replacement enhances insulin-induced AS160 activation and improves insulin sensitivity in ovariectomized rats. Am J Physiol Endocrinol Metab. 315:E1296-E1304, 2018.
6.Yan H, Yang W, Zhou F, Li X, Pan Q, Shen Z, Han G, Newell-Fugate A, Tian Y, Majeti R, Liu W, Xu Y, Wu C, Allred K, Allred C, Sun Y, Guo S. Estrogen Improves Insulin Sensitivity and Suppresses Gluconeogenesis via the Transcription Factor Foxo1. Diabetes. 68(2):291-304, 2019.
7.Yokota-Nakagi N, Takahashi H, Kawakami M, Takamata A, Uchida Y, Morimoto K. Estradiol replacement improves high-fat diet-induced obesity by suppressing the action of ghrelin in ovariectomized rats. Nutrients. 12(4):e907, 2020.