前回までのコラムでお話したように、閉経後はエストロゲン欠乏による抑うつ、心血管疾患発症、糖尿病などの健康障害が増えてきます。これらを少しでも予防するため、食事や運動など生活習慣の改善で効果的な方法があるのでしょうか。
筆者のグループは、動物モデルを用いて運動習慣あるいは食事制限がインスリン感受性を改善するかどうかを調べました。その結果、持久的な走運動を継続すると、インスリン感受性が良くなる効果が見られましたが、食事制限のみでは効果ははっきりしませんでした1)。
人でも同様のことが言えるかどうかは詳細な検証が必要ですが、閉経後女性を対象とした他の研究をみても、運動習慣の改善、特に有酸素運動の継続はエストロゲン減少によるインスリン作用不足を改善できるとの報告が多く、閉経後の健康増進法としてお勧めできる方法と言えます。
また、大豆に豊富なイソフラボン類などの植物エストロゲン(フィトエストロゲン)もエストロゲン減少を補う栄養面での改善法として以前より注目されてきました。
植物エストロゲンとは植物に含まれ、女性ホルモン様作用を持つ化合物群のことを言いますが、構造的な違いにより大まかに表1のように分類され、通常の食物として摂取されています2)。植物エストロゲンはエストロゲンと構造が似ているため3)(図1)、エストロゲン同様、エストロゲン受容体に結合してその作用を発揮しますが、身体への作用はエストロゲンの数百~数千分の1程度であり、非常にマイルドです。
日本人は長年にわたり大豆食品から大豆イソフラボンを摂取してきましたが、明らかな健康被害は報告されていないことから、その量は概ね安全であるとされていますし、効き目は薄いながら効果が期待できる良い方法と言えるでしょう。
最近イソフラボンを含むサプリメントなどの健康食品が数々出回るようになりました。そこで、2006年に食品安全委員会(内閣府)は大豆イソフラボンの安全な一日摂取目安量の上限値を70〜75mg/日(大豆イソフラボンアグリコン換算量注)としました。この値は日本人の通常の食事ならそれ以内に収まるくらいの値です。一方、食事以外にサプリメントなど特定保健用食品から大豆イソフラボンを摂取する場合は、食事に上乗せできる安全な分量の上限値は30 ㎎/日としています(図2)。なお、妊婦、乳幼児及び小児においては、有害作用の報告もあり、特定保健用食品の大豆イソフラボンを日常的な食生活に上乗せして摂取することは勧められません。
注)大豆や大豆食品中に含まれる大豆イソフラボンは、主に配糖体として存在していますが、糖部分が分離したものはアグリコンといい、伝統的な大豆発酵食品中に含まれます。また、大豆イソフラボン配糖体は、腸内細菌の作用等により、アグリコンとなり、腸管から吸収されます。配糖体の60%くらいがアグリコン換算量になります。
出典:内閣府安全衛生委員会HP https://www.fsc.go.jp/sonota/daizu_isoflavone.html
以上、女性の話題が中心でしたが、男性においてもエストロゲンは身体機能の恒常性に貢献するホルモンであると考えられます。と言うのも男性の血漿エストロゲン濃度は決して少ない量ではなく、女性の月経期に相当する濃度なのです。
男女や年齢でやや差はあるものの、エストロゲンのお陰で私たちの体内は‟いつもお変わりなく”快適な環境が整えられ、細胞たちは元気に生きているのだと考えております。
参考文献
1.Kawakami M, Yokota-Nakagi N, Takamata A, Morimoto K. Endurance running exercise is an effective alternative to estradiol replacement for restoring hyperglycemia through TBC1D1/GLUT4 pathway in skeletal muscle of ovariectomized rats. J Physiol Sci. 69(6):1029-1040, 2019.
2.Rice S. and Whitehead SA. Phytoestrogens and breast cancer―promoters or protectors? Endocr Relat Cancer. 13:995-1015, 2006.
3.Yildiz F. Phytoestrogens in Functional Foods. Taylor & Francis Ltd. pp. 3–5, 210–211, 2005.