糖質と健康
2024.11.1
第4回 糖質と健康課題

監修:神奈川県立保健福祉大学地域貢献センターアドバイザー 藤谷朝実先生

糖質と健康課題

糖質制限食の効果と落とし穴

減量の効果を期待して、無理な糖質制限を長期間継続している方がいらっしゃいます。しかし、本当に糖質だけを制限して、肉や魚は制限なく食べて、健康を維持できるのでしょうか?

糖質制限は、1790年代にスコットランドの医師John Rolloが糖尿病の治療のために高脂肪、高たんぱく質の食事で患者を治療したことから始まりました。1920年代には、てんかん発作の治療の一つとして、1日当たりの糖質摂取量が10~20gと厳格な糖質制限食“Ketogenic Diet(ケトン食)”が提唱され、現在も難治性のてんかん発作やGLUT-1(グルコーストランスポーター1)欠損症に対する食事療法として定着しています。これら治療食としての糖質制限食がある一方で、1970年頃にダイエット方法としても「糖質制限」という概念が広まったと言われています。

糖質制限食は、短期的な減量や高血糖改善に効果があるとされる一方で、糖質不足による低血糖や微量栄養素の不足のリスクの他、肉の摂取量増加による飽和脂肪酸等の過剰摂取のリスクがあるという報告もありますが、長期的な効果については明らかになっていません。

1日の摂取エネルギー量の中で糖質から摂取するエネルギー割合が高い場合は、糖質を制限することで結果として摂取エネルギーが低下し、減量につながる場合もあります。しかし、サーロインステーキや皮付きの鶏肉、バターや生クリームなどの脂質の摂取量が多い場合には、糖質を制限しても減量には結びつきませんし、むしろ低血糖などのリスクとなります。穀類やイモ類などの糖質を含む食品には、食物繊維やリン・カリウムなどの体に必要な栄養素が含まれています。「糖類」を制限するのか、「糖質」を制限するのかによっても、不足する栄養素のリスクも異なりますし、制限する糖質の種類や食べ合わせによっても得られる効果は異なります。一概に糖質制限食の効果について論じることは難しいものです。

イメージ図

一般的には、糖質そのものが肥満や高血糖を増長しているのではなく、必要以上の糖質を摂取することが、肥満、高血糖、脂質異常症等のリスクとなります。また、現在日本人が抱える栄養課題には、肥満だけでなく痩せすぎといったエネルギー不足の問題もあります。肥満とやせの課題が同時に存在することをWHOではDBM(double burden of malnutrition : 栄養の2重負荷)として、世界的な栄養的課題であると示しています。特に日本での若年女性のやせの問題は先進国の中でも顕著であり、日本における低出生体重児割合の高さとも関連しているといわれています。低出生体重児は健常児に比べて成人後の生活習慣病発症のリスクが高くなることや発達障害との関連性も報告されており、若年女性だけの問題ではなく子どもやその将来までにもかかわる健康問題となっています。糖質の摂取については、個々人の身体状況と食事内容や生活習慣も併せて量や質を考えていく必要があるでしょう。


健康を維持するための糖質とは

現在、欧米で主に問題となっている糖質の摂取は遊離糖類*1(単糖類及び二糖類)の過剰摂取で、肥満や虫歯との関連が明らかになっています。WHOは食品加工や調理に加える遊離糖類量は総エネルギーの10%未満、望ましくは5%未満に留めることを推奨していて、さらに糖類の目標量が定められている国も少なくありません(表1)。

日本におけるこれらの糖類の摂取量は明らかになっていませんが、代表的な糖類の一つである砂糖(精製糖)の消費量は世界平均よりも少ない傾向にあります(図1)。2019年の報告では日本人は1人当たり1日約42gの砂糖を消費していて、これは総摂取エネルギー量の約9%のエネルギー量に相当します。

*1 遊離糖類とは 単糖類及び二糖類のことで、人が食品・飲料に添加する糖類のほか、蜂蜜・シロップ・果汁・濃縮果汁中に天然に存在しているものをいう。

表1 各国の炭水化物、糖類、食物繊維の食事摂取基準

各国の炭水化物、糖類、食物繊維の食事摂取基準

出典:Carbohydrate intake for adults and children: WHO guideline(2023)、DIETARY GUIDELINES FOR AMERICANS 2015-2020(2015)、Scientific Advisory Committee on Nutrition. Carbohydrates and Health(2015)、Dietary Reference Values for nutrients Summary report. European Food Safety Authority(2019)、日本人の食事摂取基準2020年版を加工して作成



図1 各国における砂糖(精製糖)消費量の推移(年間1人当たり)

各国における砂糖消費量の推移

*各国の年間砂糖(精製糖)消費量を人口で割ったもの
出典:米国農務省Sugar : World Markets and Trade(2024)、米国農務省Australia : Sugar Annual 、国連人口基金世界人口白書を加工して作成。

一方、海外の食事ガイドラインにおいては、日常的な食事の中で優先して摂取すべきは未精製穀類(玄米、全粒粉など)と示されているものが多く見られます。未精製穀類は多糖類の一つである食物繊維を豊富に含み、カリウム、リン、マグネシウム、亜鉛などの栄養素も含んでいます。

食物繊維は血糖値の上昇を抑えることや、生活習慣病の抑制のほか免疫増強など多岐の働きがあるといわれる腸内細菌叢を改善することが知られています。また、食物繊維が分解されて産生される短鎖脂肪酸は腸内細菌叢の改善には欠かせません。さらに、穀類には食物繊維と似た働きをするレジスタントスターチ(難消化性澱粉)も含まれており、少量でエネルギーが高い脂質を多く含む食品よりも満腹感が得られやすい特徴があります。

炭水化物や糖質そのものを制限するのではなく、日常的に摂取している食事や食品に含まれる糖質の種類を配慮しつつ、適切に摂取することが望まれます。