2時間目は、みんなで「夢」について話し合う授業です。児童たちにはこの日のために事前授業で「夢の階段シート」が配られ、夢について考えをまとめてきてもらっていました。

新たなスタートを前に、みんなで記念撮影

手宮公園競技場での体育の授業を終えた休み時間には、閉校の記念として、児童、先生方が全員揃って為末先生と一緒に写真撮影を行いました。




←画像をクリックすると、大きな画像で見ることができます。



まずは為末先生から、話し合いにあたって覚えておいてほしいことの説明がありました。 「自分の夢を話すのは恥ずかしいな、こんなこと言ってみんなにどう思われるだろうということは忘れて、今日は自分がどう思うかを一番大事にしてください。また、自分がみんなと違う考えだとしても気にしないで、自分と違う友だちの夢についてどんどん質問してみてください。」

事前授業での夢の発表  -自分の考えを人前で話す-

いよいよ授業の始まりです。事前授業の成果もあって、為末先生が「自分の夢を発表してくれる人!」と呼びかけると、次々に手が挙がりました。

プロ野球選手、漁師、看護師、ダンサー、科学者、ゲームクリエイター、小説家、大工、小児科医など、子どもたちからはさまざまな夢が飛び出しました。それを聞いて為末先生は「プロ野球選手になったらどの球団に入りたいですか?」「漁師になったらどんな魚を獲ってみたいですか?」「どんなゲームを作りたいですか?」とひとりひとりに質問を投げかけます。

これまでの爲末大学では、ひと通り子どもたちの発表を聞くとすぐに話し合いの時間に移っていましたが、今年度は夢の発表に長めの時間を取り、為末先生がインタビュー形式で児童と対話するというスタイルに変更。「ゲームクリエイターになって面白いゲームを作りたい」という児童に「面白いゲームってどんなゲームですか?」とどんどん質問を重ねていくことで、話し合いが発展するきっかけにしてもらおうというのが、為末先生のねらいです。

「人のことを思いやり、人に優しくできる人になることです」という児童には、「では仕事ではどんなことをしてみたいですか?」と質問。「看護師になって人の命を助けたいです」という返事を受けて「看護師になるにはどんな勉強をするんだろう?」とさらに質問を投げかけます。また「大工さんになって親に家を建てたい」という児童に「どんな家を建てたいですか?」と聞くと「でっかい家を建てたい」と返答。「僕の夢であるツリーハウスを建ててくれる?」と為末先生に本気の?相談を持ちかけられ「…がんばります!」と真剣に答えるやりとりには、思わず保護者席から笑いがわきました。




話し合い  -夢のストーリーをみんなで話し合う-

夢の発表が終わったところで今度は4名ほどの班に分かれ、児童同士で話しあいながら各自の夢を実現するまでの道筋(ストーリー)を考えていきます。話し合いにあたっては「何歳までに何をするなど、できるだけ具体的な数字を入れる」「自分の夢をかなえたときに誰が喜んでいるかを考える」「なるべく大きなストーリーを考える」という3つの課題が為末先生から出されました。

どうすればストーリーを作れるのか、とまどい気味だった児童たちですが、為末先生はみんなの輪の中に入って「動物関係の仕事は何歳から始める? どんな犬を世話したい? そのためには来年何をしたらいいかな?」と一緒になって考えていきます。先生と会話を重ねるにつれて、「建築家にはいつなろうか?」「うーん、32歳」「じゃあ建築事務所にはいつから働く?」「20歳かな」と子どもたちの考えが次第に固まっていくのが見てとれました。悩んでいる子には「本当にそうならなくてもいいんだよ。なんとなくこんな感じかな、というのでいいから書いてみて」と為末先生がさりげなくサポートします。

後半になると、子どもたち同士でさまざまな意見が飛び交うように。「ファッションデザイナーがブログを立ち上げるなら、何点ぐらいの服がそろっていればいいかな?」と相談する子がいれば、「15歳から始めるか」「え、若っ!」とツッコまれる子がいたりと、みんな楽しそう。終盤には為末先生に「先生の小さいときの夢は何だったんですか?」「あこがれの選手がいたんですか?」と逆インタビューする班も現れました。

発表 -夢を具体化し、目標を設定する-

最後は、みんなで考えた「夢のストーリー」の発表です。

「僕は21歳からマグロを獲るようになり、26歳の誕生日に200kgを超えるマグロを獲ってギネス世界記録になった。それは一生破られることはなく、裕福でない人に取り分けられて3000万人の人を喜ばせた」

「18歳のときにプロ野球選手として日ハムファイターズの一員となり、札幌ドームに入っている人全員を喜ばせます。試合で通算100本打つのが目標です。そしてバッターボックスに入ったときに流れるのは手宮小学校の校歌です」

「23歳で科学者になって、次の年には有名になる。28歳のときに人間にとって役に立つ新しい物質を発見してノーベル賞を獲って、家族やそれを使って助かる人たちの喜ぶ顔を見る。それからも研究を続けていろいろなものを発明して歴史に名を残す科学者になりたい」

話し合いの中で子どもたちの夢はより現実的なものに進化していましたが、具体的な数字に落とし込んでもなおスケールの大きさを失わないところは、さすが北海道の子どもたち? 家族との時間を大切にしたり、レジャーも楽しむなど、仕事も遊びも満喫しようという意見が多いのも印象的でした。中には「25歳には医師として10億人の命を救う」など壮大な夢も飛び出して、「25までに一気に駆け上るね!」と為末先生が驚く場面も。また、結婚して家族と日本中を旅したいと言う児童が「どんな人と結婚したい?」と質問されて「優しい人がいい」と答えると、「優しい人ほど条件が厳しかったりするんだよね…」と為末先生の大人な発言に保護者が爆笑するなど、にぎやかな発表タイムとなりました。


まとめ 

最後に、為末先生からメッセージが贈られました。

「みんなの夢はこれから変わってしまうこともあると思います。科学者になりたいと思っていたけど、研究者のほうがいいかも、とかね。それはいろんなことを考えながら、修正していっていい。大事なことは、自分がどんな風になりたいかを考えること。そして、なりたい自分と今をつなげることです。夢ってすごく遠いところにあって、明日から何をやればいいのかわからないかもしれないけど、例えばダンサーになりたいなら明日からこんな練習をしよう、と今の自分ができることを考えるようにしてほしいと思います。 それから今日書いてもらったのは職業ですが、職業というのは手段なんです。その仕事をすることで自分が何をしたいのか、ということを考えてほしいと思います。僕は陸上選手になることで、それを見た子どもたちが『僕もがんばれる』と思ってもらえるような、人を勇気づけることをしたいと思っていました。そんな風に、自分は小児科医になって何をしたいのか、研究者になって何をしたいのか、夢の奥にあるものを考えてみてほしいです。
ちなみに僕がみんなと同じくらいのころには夢が2つあって、1つはオリンピック選手。足が速かったので、走ることでオリンピックに行きたいと思っていました。もう1つは新聞記者。昔、新聞でコラムを書きながら世界中を旅した人がいて、自分も将来は車を持って旅をして、書いた原稿を会社に送る生活がしたいなと思っていました。結局、記者の夢は実現しなかったけど、陸上を引退した後にものを書く仕事が増えてきたんです。夢っていつどんな形で実現するかわからないから、みんなの夢もすぐにはかなわなくても、ずっと考え続けてほしいですね」

最後は再び全員で記念撮影して、2時間目の授業は終了となりました。